大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)45号 判決 1973年9月03日

原告 村上国光

被告 昭和税務署長

訴訟代理人 伊藤好之 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「一、原告の昭和四二年分および同四三年分の所得税につき、被告が昭和四五年七月四日付でなした各更正処分をいずれも取消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和四二年分および同四三年分の所得税について、いずれも法定申告期限内に別表(課税処分表)「確定申告額」欄記載のとおりの確定申告をなした。

二、被告は、右両年分につき、昭和四五年七月四日別表「同日付更正および賦課決定額(昭和四二年分については再更正)」欄記載のとおり譲渡所得の金額を加算する各更正処分(以下本件各更正処分という)をなした。

三、原告は、昭和四五年八月二一日、被告に対し本件各更正処分について異議申立をしたところ、右異議申立は国税通則法八九条により、同年九月一四日訴外名古屋国税不服審判所長に対する審査請求がなされたものとみなされ、同審判所長は同四六年八月九日、原告の請求を棄却する裁決をし、同日その旨原告に通知した。

四、しかし、被告は原告のなした各年中の所有農地の譲渡について、当時施行の租税特別措置法(但し、昭和四四年法律一五号による改正前のもの。以下措置法という。)三八条の六第一項を適用すべきであるのに、その適用がないとして、本件各更正処分をなしたものであつて、右処分は違法である。

(請求原因に対する認否)

請求原因一ないし三の事実を認める。

(被告の主張)

一、原告が昭和四二年中に譲渡した別紙第一目録物件および同四三年中に譲渡した同第二目録物件(以下、両者を総称して本件土地という。)について、被告は措置法三八条の六第一項に規定する事業用資産に該当しないとして、右各譲渡につき、同条項を適用せず、前記のとおり譲渡所得金額を加算する本件各更正処分をした根拠は次のとおりである。

1、措置法三八条の六第一項に規定する事業用資産とは、同項各号に掲げる資産のうち所得税法施行令(昭和四〇年三月三一日政令九六号)六三条に規定する事業および租税特別措置法施行令(昭和三二年三月三一日政令四三号。但し、昭和四四年政令八六号による改正前のもの。以下、措置法施行令という。)二五条の六第一項に規定する事業に準ずるものの用に供している資産である。そして、事業の用に供していたかどうかは、譲渡の日において社会通念上事業の用として継続的に使用収益されていたかどうかにより判断するものと解される。

2、原告は、昭和三九年ころまで名古屋市瑞穂区通称中根地内において、農業のかたわら養鶏を営んでいたが、周辺地域の市街化の進展にともない、同年一〇月ころ、本件土地を含む地域一帯の健全な住宅地の造成を目的として、原告らが設立認可申請者となり土地区画整理法による土地区画整理事業(以下、整理事業という。)を目的とする名古屋市中根南部土地区画整理組合(以下、組合という。)を設立するとともに、原告は、設立後、役員(理事)に就任したものである。

3、ところで、右組合の事業計画によれば、その目的は、名古屋市瑞穂区南東端部の住宅地の開発、公共施設の整備改善、健全な市街地の造成にあり、右組合の事業計画は昭和三九年一〇月に認可され、以後右整理事業の施行区域内に存在したすべての土地を対象に、住宅地の開発等のため大規模に区画形質の変更がなされたものである。従つて、右区域内に存在した本件土地は右の段階においてもはや農地としての性質を完全に喪失し、非農地(宅地)化されたものというべきである。

4、しかして、昭和四〇年一〇月一三日付、仮換地指定(発効は同月二〇日)により、本件土地が仮換地として指定され、そのころこれの使用収益が可能となつたが、前記整理事業により非農地化した右仮換地(本件土地)を、原告は譲渡時までの期間(約一年半から二年八ヶ月)事業の用に供することなく放置していたものである。

5、右のとおりであるから本件土地は、事業の用に供していたものとは到底認められないので、措置法三八条の六第一項に規定する事業用資産に該当しないことは明らかである。

6、なお、原告は、「事業の用に供している」とは、現実に事業の用に供しているもののみに限定すべきではなく、本件土地のように、公共用事業の施行のために、一時的に個人の事業上の使用が中止されているが、なお事業の用に供する意図の下に所有されているものを含むものと解することが、公共の利益と個人の利益との調和を図る所以であると主張するが、本件土地は、前記仮換地指定により使用収益が可能となつたものであるから右指定以降は農業に限らず、製造業、御売業、小売業、サービス業その他事業に準ずるものの用に供することが可能であつたところ、原告は、この間本件土地の一部に昭和四一年春ころ西瓜および大豆を試作したのみで、譲渡時まで何ら事業の用に供することなく前記期間の長きに亘り放置していたものであり、本件土地が事業の用に供されていたものとは到底いえない。

二、被告が、原告の各年分の譲渡所得について措置法三八条の六第一項の規定の適用を否認してこれを算定すれば次のとおりである。

1、昭和四二年分

(一)収入金額   六、五二八、七〇〇円

(二)取得価額等     一二、六八二円

(三)譲渡益    六、五一六、〇一八円〔(一)-(二)〕

(四)譲渡所得金額 三、一〇八、〇〇九円

〔((三)-三〇〇、〇〇〇円)×(1/2)〕

2、昭和四三年分

(一)収入金額   七、五二九、四二〇円

(二)取得価額等     一八、五四〇円

(三)譲渡益    七、五一〇、八八〇円〔(一)-(二)〕

(四)譲渡所得金額 三、六〇五、四四〇円

〔((三)-三〇〇、〇〇〇円)×(1/2)〕

三、よつて、被告が、本件土地は措置法三八条の六第一項に規定する事業用資産に該当しないとして、右譲渡金額を加算してなした本件各更正処分は適法である。

(被告の主張に対する認否および原告の主張)

一、被告の主張一、2、の事実および同3、の事実中、組合の目的、事業計画認可、整理事業施行の各事実、同4、の事実中、仮換地指定および発効の日付、主張二、の計算自体は認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件土地が、譲渡時においては現実に耕作の用に適さず、その用に供されていなかつた場合においても、次の理由により、なお、措置法三八条の六第一項の事業用資産に該当するものというべきである。

1、原告は、昭和三九年当時、その子女が原告兼営の農業・養鶏業の事業承継を熱望していたので、その所有の本件土地を農地として維持することに努めていたが、被告主張のとおり、昭和三九年一〇月、名古屋市の指導の下に土地区画整理組合が設立され、その性格は公共的なものであつたため、原告も本意ならずもこれに同調し、地域内で大地主の一人であつたので組合設立の申請人、組合理事に名を連ねたにすぎなかつた。その約一年後、組合による土地埋立工事が終了し、本件土地に仮換地の指定が行なれたので、原告は、南瓜の植付けなど耕作を試みたが、埋立に用いた土砂の性状から不成功に終つた。そこで原告は、自己および事業の継続を熱望している子女の期待に応えるため農業・養鶏等に適する土地等事業用資産を物色し、その取得資金を作るために本件土地を売却したものである。

右の経過から明らかなとおり、本件土地は区画整理という公共の事業の施行のためにその使用を禁止され、その事業により、指定された仮換地はその形質上耕作の用に適さず、そのまま推移すれば原告は転廃業を余儀なくされる状態となつたので、原告は急いで他に事業の用に供する資産を取得しなければならなかつたのである。

2、かかる事情の下でなされた本件土地の譲渡については、企業資本の運用の形態の変更に当つて、その実質的価値を維持せしめる目的で課税の軽減を図るという事業用資産の買換に関する措置法の規定の立法趣旨から考え、事業用資産の譲渡があつたというべきであり、本件のごとく、名古屋市周辺部における宅地造成の大規模に実施されている地域において右措置法の特例の適用を認めることは、周知の事実である。

3、さらに、措置法三八条の六にいう「事業の用に供している」とは、現実に事業の用に供しているもののみに限定すべきではなく、本件土地のように、公共用事業の施行のために一時的に個人の事業上の使用が中止されているが、なお事業の用に供する意図の下に所有されているものを含むものと解することが、公共の利益と個人の利益との調和を図る所以である。

原告は、組合の区画整理事業施行による使用禁止中も本件土地を農耕もしくは養鶏事業用資産として所有する意図は放棄せず、ただ仮換地指定後本件土地は形質上農耕地として使用不可能となつたため、その使用不可能確認後半年または一年内に、事業の継続を図るために本件土地を売却し、それによつて得た資金をもつて他の事業用資産を取得したものであつて、かかる事情の下では、右譲渡時において、本件土地はなお事業の用に供する意図の下に所有されていたものであるから、事業用資産というべきである。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告は昭和三九年ころまで名古屋市瑞穂区通称中根地内において、農業のかたわら養鶏を営んでいたが、周辺地域の市街化の進展にともない、同年一〇月ころ、本件土地を含む地域一帯の健全な住宅地の造成を目的として、原告が設立認可申請者の一人となり土地区画整理法による土地区画整理事業を目的とする前記組合を設立、認可をうけるとともに、原告はその役員(理事)に就任したこと、右組合の目的は、右地域一帯の住宅地の開発・公共施設の整備改善・健全な市街地の造成にあること、その後右整理事業は施行され、原告に対し昭和四〇年一〇月一三日、宅地たる本件土地が仮換地として指定(発効は同月二〇日)されたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、措置法三八条の六第一項にいう事業用資産は、現実の供用が停止された後も、相当の期間内は未だ事業用資産としての性質を失うものではないと解するのが相当である。けだし企業資本の運用の形態の変更に当つて、その実質的価値を維持せしめる目的で課税の軽減を図るという事業用資産の買換えに関する措置法の規定の立法趣旨に適うものというべきであるからである。而して、どれ程の期間が相当性の範囲内であるかは、個々の場合において、事業用資産の性質、現実の供用停止の理由、停止中における買換えの準備活動状況等を総合して判断すべきである。

本件につき、この点を検討するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は前記組合が設立された昭和三九年一〇月前後から現実に本件土地の耕作を止めたこと、また、<証拠省略>によれば、原告は別紙第一目録の土地につき、昭和四二年一〇月から同年一二月にかけて、同第二目録の土地につき、同四三年一月から同年六月にかけて、それぞれ売却譲渡したことを各認めることができる。してみると、本件土地は、現実の供用停止の時から、最も早期に譲渡された土地については約三年、最終に譲渡された土地については約三年八月の各期間経過していることが明らかである。

ところで、右の現実供用の停止に至つた事情について考えてみるに、対象地域の宅地化を遂行するという目的のため前記組合が設立されたのであるから、その整理事業の対象となつている本件土地も早晩宅地化されることは原告において必然的に予測されることであるとはいえ、その整理事業(埋立工場等)のため本件土地を現実に農耕の用に供することができなかつたのであるから、事業の用に供しえないことにつき止むをえない事情があるというべきである。

しかしながら、前記のとおり昭和四〇年一〇月一三日、本件土地が仮換地に指定され、同月二〇日、仮換地指定の効力が発生して、本件土地の使用収益が可能になつた以後は事情を異にする。すなわち、それ以後は本件土地上に事業用の建築物を建てるなどして、原告において本件土地を農業に限らず、他の製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業の用に供せしめることが現実に可能であり、また、事業資金をうるため本件土地を譲渡することも可能であるからである。

<証拠省略>によれば、原告は、宅地化される本件土地において農耕をつづけることができないことを了知しながら前記仮換地指定をうけ、野菜等の植付けを試みたが、不成功に終つたため、そのころ、家族とも相談のうえ、農業・養鶏業兼営から家族による養鶏業・レストラン営業へと転業を企図し、他に養鶏業経営のための敷地を物色するなどしたが、いわゆる公害問題の折柄、容易に適地を見い出し難い状況にあつたので、その資金作出のための本件土地の譲渡が遅れたことを認めることができる。しかし、先に認定したとおり、原告は仮換地指定の効力発生の日から、約二年から約二年八月の期間を経過した後、本件土地を譲渡しているのであるから、右の事情を考慮しても、他に特別の事情の認められない本件においては、なお前記相当の期間を越えて本件土地を事業の用に供することなく放置していたといわざるをえない。従つて、原告のなした本件土地の譲渡は右にいう相当の期間内の譲渡とはいえず、本件土地は譲渡時、既に、事業用資産としての性質を失つていたものというべきである。

三  原告は本件整理事業の過程において、整地工事等のため現実に農耕の用に供することが不可能である場合は依然として農地として取扱い、措置法の事業用資産買換の特例の適用を認めることは周知の事実であると主張するけれども、全証拠を以てしても右事実を認めることができないので、右主張を採ることはできない。

また、原告は公共用事業のため一時的に個人の事業上の使用中止の場合でも、なお事業の用に供する意図の下に所有された場合は事業用資産であると主張する。しかし、本件土地譲渡についての事情が先に認定したとおりである本件においては、ただ単に原告がかかる意図を有していたからといつて、先の結論を左右するものではない。

四、各年分の譲渡所得金額の計算自体については当事者間に争いがないから、以上に述べたごとく、被告が本件土地は措置法三八条の六第一項に規定する事業用資産に該当しないとして、被告主張二、のとおりの計算により算出して原告の各譲渡所得金額を加算してなした本件各更正処分は適法である。

五、よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 山田義光 下方元子 樋口直)

別紙 第一目録<省略>

別紙 第二目録<省略>

別表 課税処分表(昭和四二年分)<省略>

別表 課税処分表(昭和四三年分)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例